『Interview with a Co-driver』

小田切順之コ・ドライバーといえば、ドライバーは言わずとしれた奴田原文雄選手。
全日本ラリー無敵のクルー。 日本一の男を日本一速く走らせる男。
表彰式のシャンパンファイトで、もはやソムリエ以上に慣れた様子でコルクを抜いちゃうコ・ドライバー。
その強さのヒミツがQ&Aに潜んでいないかと期待しつつ読んでみてください。
私自身はすでに、Q&Aの回答が遅くなった小田切選手からのメール、
『なにぶん文才も無く、裕一のように面白いことも書けず、時間ばかりが経ってしまいました。』という文面に、
1つの事を第一線で続けておられる真面目で真っ直ぐな小田切選手の強さをかいま見た気がいたします。
第四回ゲスト「小田切順之」選手。(オダギリノリユキ)
=プロフィール=
1952年1月16日生まれ。

「参戦歴&賞歴」
1971年にラリーを初め今に至っても全開でやっております。
1976年JAF全日本ベストラリースト選定競技会(全日本ラリー選手権の前身)
第1戦AJCSセブンマウンテンズラリー(鈴鹿サーキットがスタート&フィニッシュ)にカーナンバー1で
セキトラ選手(ダイハツシャルマン)のナビとして出場して以来30年以上にわたり全日本ラリー選手権に
出場しております。
1979年にはADVANラリーチームが発足し、ドライバーの大庭誠介選手とともに参加。
(大庭選手とは1978年〜1993年 16年間組んでいました)
1994年からはADVANに新加入した奴田原文雄選手とコンビを組み現在に至っております。
全日本ラリー選手権では39回の総合優勝と5回のチャンピオンを経験しております。
まだまだ優勝回数とチャンピオン回数も伸ばしたいと思っております。
「普段のお仕事」
機械関係の仕事をしております。
図面を書いたり、工場に出向いたりとかたぎの仕事です。
「最近のクルー」
奴田原君と組んで10年をとっくに超えました。
この間では、第1回、第2回のラリー北海道に田口幸宏選手と出場。
2006年ラリージャパンに山内伸弥選手と出場。
2004年には大庭誠介選手と2輪駆動のツールド九州(佐賀県・七山村)に出場しただけだと思います。
「差し入で嬉しいもの」
ラリー中のサービスではあまり時間が無いのと、ターマックのラリーではあまりたくさんの食事は取りません。
その代わりにフィニッシュ後(2レグのラリーではレグ1終了後)に空腹を癒すことになります。
この時においしいものがあれば非常にうれしく思います。
特にワインに合うものが1番嬉しいと思います。


Q・ラリーとの出会いはいつ頃どのように?

A・1971年学生時代、兄が友人から聞いてきたようでラリーを始めるから
お前ナビゲーターをやれとの半強制で始めました。

Q・あなたにとってコ・ドライバーの魅力ってどこですか?
A・ドライバーとともにステージタイムを少しでも早くするために努力をし勝ったときの達成感がたまらない。
余談ですが、自分のドライビングでは不可能なスピードでステージを走りますが、観戦ポイントなどでは味わえないスピード感など
コドライバーにしか見られないところもあります。もちろんノートを読んでいるのでボーっと眺めているわけにはいきませんけど。

Q・ドライバーになってみたい。・・・いいえコ・ドライバーが最高!
A・昔、何戦かはドライバーでラリーを戦ったことはあります。
中級ラリーではかなり早かったです。
全日本のトップドライバーは想像を絶するスピードで走るので、このスピードで走ることは自分では全く不可能です。
コドライバーのメインの仕事であるペースノートに関しては、たぶん素人には読むことは不可能だろうと思います。

Q・コ・ドライバーにあればいい素質って何かありますか?
A・素質というよりも努力が必要なのではないでしょうか。
ラリー中、体力が低下すると思考能力も落ちてくるので日頃から体を鍛えるようにしています。

Q・痛かった話をお願いします。(身体的でも心的でも…)
A・1980年1月ADVANミラージュでモンテカルロラリーに出場しました。
ドライバーは当時の全日本チャンピオン山内伸弥選手。
LEG3(コモンラン)の途中、崖下に転落しリタイアしましたが、鞭打ちになり左側に顔を向けることが出来なくなりました。
よく言う首が回らなくなる状態でしたが、完治するには約一ヶ月かかりました。
その後首の方は全く問題なくすごしておりましたが、半年ほどが経ちタスカエンジニアリングに
くちゃくちゃになったミラージュが帰ってきました。これを見たときには忘れていた首の痛みが再発しました。
異常は肉体的な痛みの話ですが、精神的な痛いことも多々あったと思います。
しかしそのようなことは瞬間的に忘れるようにしていますので全く思い出すことは出来ません。

Q・ぶっちゃけ、ラリーカーの中で人に言えない話が山ほど有る。 いいえそんなものはなにも無い。
A・人に言えないような内容の話はしませんが、PWRCのホットな話が聞くことが出来ます。
雑誌には載らない内容のことなど面白い話が多いです。
また、MSCC東京ラリーでの主催裏話などを話すこともあり、ラリーの内容の話がやはり多いです。

Q・ペースノートは英語?or日本語?両方OK?
A・昨年(2006年)から英語になりました。
それまでは右、左及び数字は日本語でしたがそれ以外は英語の表現が多かったので2〜3戦で英語でのノートになれました。

Q・応援でかけられて嬉しい言葉は?
A・個人名を言われ応援されると、ちょっとびっくりしますがうれしいですね、かなりラリーに詳しい人だと思いますが。

Q・全日本ラリーはもっと面白くなる?
A・全日本ラリー選手権は数年前からスペシャルステージラリーの形式をとるようになりました。
鎖国状態が長く続いた日本のラリー界もやっと国際ルールでのラリーが出来るようになったのです。
しかしスペシャルステージの距離はといえばかなり短いものが多いようです。
50キロ程度のラリーが全日本になっていたりします。
WRCは350キロ、アジパシなどの国際選手権が250キロ程度でSSが行われ、国内選手権は150キロ位の国が多いようですが
日本の選手権も150キロ程度のステージが妥当だと思っています。
全日本の主催者はSSの距離を伸ばすように努力をしているようなので今後は徐々に面白いラリーになっていくと思われます。

Q・小田切選手にとってアドバンチームはどんな存在ですか?(愛知県・野田様からのご質問)
A・アドバンラリーチームが始まった1979年からこのチームでラリーに出場しています。
30年近くの間このチームにいることになります。
私にとってADVANチームはラリーの全てです。

Q・来シーズンにかける意気込みをお願いします。
A・もちろん全日本選手権を獲ることです。
そして、PWRCで奴田原選手にチャンピオンを獲得してほしいと思っています。私は日本から応援します。

Q・ラリー大好き?
A・もちろんです。体力の続く限り現役を続けて生きたいと思っています。

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小田切順之選手、ありがとうございました。
質問に詳しく答えていただき嬉しかったです。
ファンにとっては、差し入れは『ワインに合うもの』とわかっただけで大収穫かも。
さて、そろそろ2007年度の全日本ラリーも開幕。
昨年は奴田原選手が勝田選手の猛追をかわし優勝。
でも、コ・ドライバーチャンピオンは勝田選手のコ・ドライバー、北田稔選手に。
今年はもちろんクルーでチャンピオンですね。
今シーズンは昨年にもまして全日本ラリーを面白くさせる要素がいっぱい!!
選手の皆様の熱い走りを、ギャラリーステージで待ってます!
次回のゲストは「佐藤忠宜」選手です。皆様からのご質問、お待ちしております。